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㉟「土下座」が伝えた思い(「さびしがり屋」ハルコ:その11)【私の出会った子どもたち-いじめと向き合ってきた「けん玉先生」の歩み-】

いじめ、不登校、暴力行為など、さまざまな問題を抱える子どもたち。元小学校長の寺西康雄さんは、彼らとけん玉を通して接することで心の扉を開いてきました。長年の教員生活で出会った子どもたちの姿から「いじめを生まない学級・学校づくり」を考えます。

いじめを考える授業は5回を終えた。6回目は、これまでの一連の授業を振り返って、何を学び、どのように変わったかを考え、作文にまとめた。

いじめることの非人間性、いじめを受けたときの心の痛み、いじめの醜さなど、これまでの授業を通して学んだことが自分の言葉で書き綴られていた。

その中で、私の心を強く揺さぶったのは、前回の授業で「ハルコさんの演技は本当に悲しそうだった。今まで、いろんなことを経験してきたハルコさんにしかできない演技だと思った」と発言したアキコの次の作文である。

いじめの授業は私の宝物

ハルコさんが土下座をした。
「お願い、仲間に入れて」
ちょっと笑いながら見ていたけれど、心の中では、びっくりした。こんな演技はハルコさんしかできない。だれかがやろうと思っても、ぜったいできないだろう。それは、いじめの経験者だからである。

1学期のとき、私たちがハルコさんに対して行ったいじめは、とっても酷いものだった。集団無視もいいところだった。そのころ、女子のほとんどがハルコさんを軽べつしていた。自分勝手で意地悪で自分の言いなりにならない人をすぐ仲間外れにしたからだ。

ある日、ハルコさんが友達と遊んでいた。○○さんが「入れて」と言ったらハルコさんは振り向いた。だけど、またいつものように知らん顔をした。そのことがみんなに伝わり、「一度、同じ目に合わせよう」と女子の大部分で無視した。それからはハルコさんと話す人がいなくなった。

挿絵・金子浩子

ハルコさんがやった土下座は「もう、いじめはやめて。いじめをなくそうよ」と訴えているように私には思えた。髪の毛がハルコさんの顔を隠していたけれど、涙が見えた。ハルコさんが変わってきているのだと思った。

いや、クラスのみんなが変わってきているんだ。1学期のハルコさんとは大違いだ。おせっかいで、おっちょこちょいで、ちょっと意地悪っぽいハルコさんの性格。私にとって、それはハルコさんの短所にしか見えなかったが、今はハルコさんの魅力として見えてきた。

この二週間にわたってやった勉強は、ずっと心に残り続けるだろう。こんな勉強、一生できないかもしれない。私たちは、その一生できないかもしれない勉強をした。よかった。この勉強、この授業に取り組んで本当によかった。

多くの子どもがハルコの「いじめられっ子」役の演技をほめたたえていた。

しかし、「上手だった」「感動した」など、皮相な見方・考え方に終わらせたくなかった。アキコの作文はハルコの演技を賞賛するだけではなく、その背景にまで思いを巡らせている。その結果、ハルコに対して抱いていたイメージが一転した。作文を書いたからこその「気づき」である。

この「気づき」をクラス全員で共有したいと思った。


〔付記〕事例はプライバシーへの配慮から登場人物を匿名とし、事実関係につ
いても若干の修正が施してあることをお断りしておきます。