メニュー

【富山進化論】教育④ 障害児の学び

平成の30年間で少子高齢化や情報化が急速に進み、社会は様変わりした。【富山進化論】第6章は社会の変化とともに大きく動いた教育の歩みを振り返り、これからの人づくりを考える。

切れ目ない支援必要

 静かな教室で、青い作業服の生徒たちが細かく仕切られた棚に向かう。取扱説明書や保証書を決められた枚数ごとに仕分け、袋に入れていく。

取扱説明書などを袋に詰める生徒ら =富山高等支援学校

 富山高等支援学校(富山市坂本・大沢野)は、軽度知的障害のある生徒が自立して働くことを目指している。袋詰めなどをする「流通」や、木材や食品を加工する「ものづくり」といった作業学習に週2日、計12時間かけて取り組む。

 地元企業などで働く就業体験も充実し、昨年度は卒業生16人全員の就職が決まった。長男が3年に在籍する富山市の40代女性は「やりがいを持って就業体験に励んでいて成長を感じる」と語る。

 同校では、生徒は自力で通学し、貴重品は自分で管理する。関口利浩校長(58)は「学校は実社会に近い『ミニ社会』。世の中に出たとき、ここでの体験を役立ててほしい」と話し、自立に向けたサポートに力を入れる。

    ◇    ◇    ◇

 かつて「特殊教育」と呼ばれ、障害の種類や程度に応じて盲・ろう・養護学校などで担ってきた障害児教育は、平成に入り様変わりした。

 1993年、小中学校で「通級指導」が始まり、比較的障害の軽い子どもが別室で学べるようになった。

 さらに2007年の学校教育法改正が大きな転換点となった。「特別な場」で行う「特殊教育」ではなく、あらゆる学校で一人一人のニーズに対応してサポートする「特別支援教育」という制度に変わった。重い障害が複数ある子どもの増加にも対応できるよう、盲・ろう・養護学校は特別支援学校に一本化された。

 少子化が進む中、特別支援教育を受ける子どもは増えている。県内の特別支援学校・学級、通級指導教室に通う児童や生徒は1989年の1663人から30年間で約3倍の4946人になった。特に93年に始まった通級指導は、初年度の30人から2018年に2075人と大きく増えた。

 背景には、障害や個性、能力に応じた特別支援教育への保護者の理解が進み、ニーズが高まったことがある。加えて、文部科学省の調査で通常学級に6~7%いるとされる発達障害の子も支援の対象になり、目が向けられるようになった。

    ◇    ◇    ◇

 県東部の40代女性は、発達障害と軽度の知的障害がある長男を持つ。「少し無理をしてでもみんなと同じクラスで学ばせたい」という思いから、小学校は通常学級に入学させた。しかし長男は勉強についていくのが難しくなり、中学3年からは支援学級へ通った。卒業後、知的障害児も受け入れる富山聴覚総合支援学校高等部(富山市下奥井)に進学。「今はクラスメートや部活動の仲間とLINE(ライン)をしたり、楽しそうに過ごしている。本人に適した環境を選ぶことの大切さを感じた」と振り返る。

 新たな課題も見えてきた。義務教育の小中学校では通級指導を含めたサポート体制が充実しているが、高校での取り組みは遅れている。就労に重点を置いた高等支援学校は軽度知的障害以外の子を受け入れていない。昨年度から県立の定時制高校で通級指導が始まったものの、全日制高校にはなく選択肢が限られる。

 障害者や家族らの相談に乗る団体「with+」代表の末村裕美さん(富山市)は、「中学から高校」「高校から大学、就職」に進む段階で壁があるとして、自立まで切れ目のない支援の必要性を訴える。「障害のある子が自分に合った環境を選べる社会になるといい。そこで自分の良さを伸ばせれば、生きづらさを生きやすさに変えていける」

高等支援学校
小学部、中学部、高等部が併設される特別支援学校に対して、高等部単独で設置される学校。県内では2013年、富山高等支援学校と高岡高等支援学校が北陸で初めて設置された。軽度知的障害のある生徒の就労を目指している。

2019年5月20日北日本新聞・webunより