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⑩沈黙の教室 隠された事実(「いじめっ子」ツヨシ:その5)【私の出会った子どもたち-いじめと向き合ってきた「けん玉先生」の歩み-】

いじめ、不登校、暴力行為など、さまざまな問題を抱える子どもたち。元小学校長の寺西康雄さんは、彼らとけん玉を通して接することで心の扉を開いてきました。長年の教員生活で出会った子どもたちの姿から「いじめを生まない学級・学校づくり」を考えます。 事例はプライバシーへの配慮から登場人物を匿名とし、事実関係についても若干の修正が施してあることをお断りしておきます。

ツヨシの家庭を訪問する

 ツヨシの家を訪れた。両親と本人が私を待っていた。
 両親にクラスでのいじめの事実、その中心的加害者がツヨシであったことを伝えた。
 ツヨシの手紙と作文を読み聞かせた。
 父親は黙って聞いていた。母親は泣いていた。ツヨシはうなだれていた。
 私の話が終わると、両親は謝罪の言葉を繰り返した。
 私は次のように言った。

「ツヨシくんは『悪かった』『もう二度としない』と反省し、誓っています。生まれ変わろうとしています。もう変わり始めています。だから、お父さん、お母さんはツヨシくんを責めないでください。ツヨシくんのこれからのことを共に考えていきましょう」

 父親は「分かりました。よろしくお願いします」と頭を下げた。
 母親はこれまでの子育ての苦労の一端を涙ながらに語った。私はできるだけ言葉を挟まないようにしながら耳を傾けた。訥々(とつとつ)と語る母親の言葉をそのまま受け止め、受け容れようと努めた。

・朝の顔洗いや歯磨きをほとんどしない。
・宿題もしないでマンガばかりに読んでいる。
・家事の手伝いをしたことがない。
・自分のことも自分でやろうとしない。
・何事にもがまんができず、思いどおりにいかないと暴れる。

 ツヨシの「いじめ」の背後にはいろんな要因が潜んでいることが見えてきた。しかし、そのことに触れることはしなかった。今後、もっと掘り下げ、深く考えてみたいと思った。そして、当面、家庭で取り組んでほしいことだけを提案した。

・基本的生活習慣を確立させる
・家の仕事を手伝わせる
・親子のふれあいを大事にする

 最後にツヨシと「指きりげんまん」をして別れた。

「いじめ」の背景を考える

 ツヨシは「一人っ子」である。いつも母親に乱暴な言葉遣いで指示・命令し、自分の思いどおりにいかないと暴れた。4年生になっても母親に靴下をはかせてもらっていた。学校への持ち物の準備もすべて母親任せだった。そんなツヨシに対して、母親は幼いころから腫物に触るような接し方をしてきた。
 父親は大人しく物静かであり、ツヨシのわがままな言動に対しても、めったに叱ることはなかった。趣味の庭木や盆栽の世話に没頭し、ツヨシを相手に話をしたり遊んだりする機会も少なかった。家族そろって遊園地に行ったときも、幼いツヨシを母親に任せ、父親は車の中で待っていた。
 ツヨシは保育園や小学校でも、わがままの限りを尽くした。保育士や教師から叱責され、体罰を受けることもしばしばだった。

 「いじめっ子」を生み出すケースとして、体罰や抑圧を受けて育ってくる場合と、その逆に、放任状態の中でわがまま放題に育てられてくる場合とがあると言われる。ツヨシは、家庭にあっては後者の典型であり、保育園や小学校にあっては前者の典型であった。

 親と子が本気で正面からぶつかり合い、より深いところでかかわり合う。そのような関係が、ツヨシ親子の間では十分に成立し得なかった。愛し愛されたいという願いが満たされないツヨシの心の渇き。それを分かってくれない、あるいは、分かろうとしない大人に不信感を抱き、絶望感を募らせていった。それが、ねじ曲がった状態で膨れ上がりながら、やがて他人に対して暴力的、攻撃的な行動をとるようになっていったと考えられる。

幼い日の私のこと

 私はツヨシと同じ「一人っ子」である。誰かに「きょうだいは何人?」と質問されるのが嫌だった。「いません」と言いたくはなかった。「一人っ子」だと分かると、「やっぱり…」「道理で…」などと言われそうだからである。わがままな子であることを十分に自覚していたせいかもしれない。以下は、そんな私の幼いころの思い出の一コマである。

ある日、私は父に手を引かれながら大好きなデパートに連れて行ってもらった。
玩具売り場まで来て、私の足がピタリと止まった。
目の前には、銀色のレールの上を小さな電車が走り回っている。
じっと見とれていた。欲しくてたまらなくなった。
「父ちゃん、買って!」と言った。
「父ちゃんが家で作ってあげるから…」との言葉に耳を貸さず、何度もせがんだ。
挙句の果てに父の手を振りほどき、床に座り込んで、
「買って!買って!…」とだだをこね、泣きわめいた。
店員やお客が笑っていた。

 このようなことは、誰もが何度か経験していることであろう。問題は、そのときに、親がどのように対応するかである。子どもの物品に対する欲望は、親がそのまま受け入れていると、次第に膨れ上がり、高価な物へとエスカレートする。欲しい物は何でも手に入ると思い込み、買ってやるまで要求する。思いどおりにならないと、暴力に訴えて親を脅迫したり、家の金を持ち出したり、店の物を盗んだりするようになることがある。さらには、非行等へと発展することもある。これは、まさに「しつけ」の問題でもある。
 

◆寺西 康雄(てらにし・やすお)◆

 富山県内の小・中学校と教育機関に38年間勤務し、カウンセリング指導員、富山県総合教育センター教育相談部長、小学校長等を歴任。定年退職後、富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センターに客員教授として10年間勤務し、内地留学生(小・中・高校教員)のカウンセリング研修を担当。併行して、8年間、小・中学校のスクールカウンセラーを務める。

 現在は富山大人間発達科学研究実践総合センター研究協力員。趣味・特技はけん玉(日本けん玉協会富山支部長、けん玉道3段、指導員ライセンスを所持)。