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⑨父の抱っこで泣く 悔しくて泣く【娘といふ神-男50歳の子育て歌日記】 高島 裕

 私は、仕事の関係で地元の総合病院に常駐している。ある日、若いお父さんが新生児らしい赤ちゃんを抱っこしてあやしているのを見かけた。赤ちゃんは火がついたように泣いていて、お父さんは一生懸命あやしているが、一向に泣き止まず、ますます大声で泣き続ける。その様子を見て、「子どもに泣かれる父親は私だけではないんだ」という、妙な安心と、ほのかな連帯感を覚えた。

 妻に抱っこされて機嫌良くしている娘が、私の手に渡された瞬間に泣き出すのは、父親として、実にさびしいものだ。たださびしいだけではなく、あやし方が下手なのではないかと妻に叱られるし、何より娘がかわいそうだ。やはり、匂いや皮膚感覚などで、自分がその体の中にいた母親を識別しているのだろう。また、子育ての経験のある女性は、抱っこもあやし方も上手なのはもちろんである。

 それでも、私に抱っこされて機嫌良くしている時もある。最初の頃は、娘の体を仰向きにして両手で抱きかかえていたが、ある時から、体を立たせて抱っこする方が落ち着くようになった。片手を椅子のようにして娘のお尻の下に回し、もう片方の手で背中を支える。その体勢で、私自身も立ったまま、ゆらゆらさせていると、そのうち、私の腕の中でうとうと眠りに入る。眠ったからといって、すぐにベビーベッドに寝かせようとすると、必ず目を覚まして泣き出す。寝入ってからもしばらくの間、立ったままゆらゆらさせていないといけない。それから、体をくっつけたままそっとベッドに横たえ、少しずつ体を離してゆく。

 一方、こんなこともあった。昼休み、職場から妻にテレビ電話をかけて、娘の顔を見ながら話していた時のこと。妻が「トイレに行くからあやしてて」と言って、通話状態のままスマホを立てて置き、その場を離れてしまった。仕方なく私は、スマホ越しに娘をあやした。娘は、スマホの画面に映る私を認識しているようで、私の方を見て、私の声に反応して笑った。生後三ヶ月を過ぎた頃だったが、すでに映像を通じて呼びかけられることに、驚いた。

 夏にかけて、娘は順調に成長していった。大人が話しているのを真似て、何か話しているように抑揚をつけて発声する。離れた場所からでも、笑って応える。そして、五ヶ月頃には、寝返りができるようになった。寝返りができるということは、自分で体を移動させられるということであり、世話をする私たちも、それに応じて気をつけないといけない。それまではベッドに寝かせていたが(柵のあるベビーベッドでは、夜は寝てくれなかった)、転落のおそれがあるので、床に布団を敷いて寝かせることにした。

母へ母へいそぐ雫(しづく)のかたちして吾子は眠りぬ、夏の褥(しとね)に

 離乳食を始めるのは急がなかったのだが、六ヶ月が近づく頃には、うんちの臭いが大人のようになった。不思議なものだ。

 ちょうど生後六ヶ月を迎えた日、妻は十倍粥を作って、赤ちゃん用スプーンに3杯、娘に食べさせた。ストローで麦茶も飲ませようとしたが、娘はストローがうまく使えず、悔しくて泣いた。自我の萌芽を見るようで、むしろ頼もしく感じた。

 

 

◆高島 裕(たかしま・ゆたか)◆


1967 年富山県生まれ。
立命館大学文学部哲学科卒業。
1996年「未来」入会。岡井隆氏に師事。
2004 年より8年間、季刊個人誌「文机」を発行。
第1歌集『旧制度』(第8回ながらみ書房出版賞受賞)、『薄明薄暮集』(ながらみ書房)などの著書がある。
第5歌集『饕餮の家』(TOY) で第18 回寺山修司短歌賞受賞 。
短歌雑誌『黒日傘』編集人。[sai]同人。
現代歌人協会会員。