メニュー

㊱優しく変わる(「さびしがり屋」ハルコ:その12)【私の出会った子どもたち-いじめと向き合ってきた「けん玉先生」の歩み-】

いじめ、不登校、暴力行為など、さまざまな問題を抱える子どもたち。元小学校長の寺西康雄さんは、彼らとけん玉を通して接することで心の扉を開いてきました。長年の教員生活で出会った子どもたちの姿から「いじめを生まない学級・学校づくり」を考えます。

授業開始のチャイムが校舎に鳴り響いた。

「6回にわたって行ってきた『いじめを考える授業』は今回で終わります。この二週間、みなさんは多くのことを学び大きく成長しました。そのことを証明するような作文がたくさんありました。その一つをこれから紹介します」

そのように切り出し、アキコの作文「いじめの授業は私の宝物」を印刷したプリントを子どもたちに配った。

アキコが作文を書くことで得た「気づき」をクラス全体で共有したい。これが最後の授業に込めた私の思いだった。

朗読後、私は次のように話した。
「この作文を通して、アキコさんの大きな成長を強く感じたところを二つ上げます。一つ目は次の一文です。

今、ハルコさんがやった土下座は、「もう、いじめはやめて。いじめをなくそうよ」と訴えているように私には思えた。


アキコさんの作文には、『いじめられっ子』役として土下座したハルコさんを見て感じたことが書かれています。アキコさんはハルコさんの演技を観客として眺めているだけではありません。演じるハルコさんになり切って、そのときの考えや気持ちを想像しています。だから、『もう、いじめはやめて。いじめをなくそうよ』と訴えているように思えたのです。ハルコさんの必死な心の叫びまでも聞こえてきたのです。

挿絵・金子浩子

アキコさんの成長を強く感じた二つ目は次の一文です。

1学期のハルコさんとは大違いだ。おせっかいで、おっちょこちょいで、ちょっと意地悪っぽいハルコさんの性格。私にとって、それはハルコさんの短所にしか見えなかったが、今はハルコさんの魅力として見えてきた。


この二週間でのハルコさんの成長は目覚ましいものでした。土下座の演技がその象徴的な場面でした。アキコさんは、そのハルコさんの変化に気づいたばかりではありません。これまでは〝短所〟にしか見えなかったハルコさんの性格が今は〝魅力〟として見えてきたのです。それはハルコさんが変わったばかりではなく、アキコさん自身も変わった、成長したからこそ、このような素敵な見方や考え方ができるようになったのだと思います」

一方的な私の語りを子どもたちは真剣に聴いていた。

私は次のような言葉で最後の授業を締めくくった。

「クラスのみんなに『人の心の痛み』『人の考えや気持ち』を心の底から分かる人間になってほしいと思っています。そのためには、『人の心の痛み』『人の考えや気持ち』を想像し、共感できる力が大切です。その力を身に付けてほしいと願いながら『いじめを考える授業』を行ってきました。一人一人の作文を読んで、私の願いが通じたように思いました。

みなさんは純粋な心をもっています。だからこそ、傷つきやすく、また残酷なことを軽くやってしまう。反対に、優しく変わることもできる。そんなみなさんのことを私はますます好きになりました」

教室には温かい空気が漂い、子ども一人一人の表情は柔らかく穏やかだった。

〔付記〕事例はプライバシーへの配慮から登場人物を匿名とし、事実関係についても若干の修正が施してあることをお断りしておきます。

◆寺西 康雄(てらにし・やすお)◆

 富山県内の小・中学校と教育機関に38年間勤務し、カウンセリング指導員、富山県総合教育センター教育相談部長、小学校長等を歴任。定年退職後、富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センターに客員教授として10年間勤務し、内地留学生(小・中・高校教員)のカウンセリング研修を担当。併行して、8年間、小・中学校のスクールカウンセラーを務める。

 現在は富山大人間発達科学研究実践総合センター研究協力員。趣味・特技はけん玉(日本けん玉協会富山支部長、けん玉道3段、指導員ライセンスを所持)。