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「ポテサラ論争」が映す社会② 正義は人の数だけあるー高齢者の心理に詳しい大学院教授

 「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」。総菜コーナーで子連れの女性に高齢男性が言い放った一言がツイッターに投稿され、SNSを中心に議論が巻き起こった。女性に対する固定観念、世代間のギャップ…。「ポテサラ論争」から浮かび上がる日本社会の姿とは。

◆ポテサラ論争◆
 発端は7月にツイッターに投稿された目撃談。総菜コーナーでポテトサラダを買おうとした幼児連れの女性が、高齢男性から「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と絡まれていたという。13万件を超えるリツイートがつき、テレビのワイドショーでも取り上げられるなど話題になった。

この人に聞きたい」は折々の社会現象を深堀する北日本新聞のインタビュー企画です。今回のテーマでは
ドイツ出身日本在住のコラムニスト サンドラ・ヘフェリンさん
婚活を支援する「なんとおせっ会」会長代理 山田由理枝さん
にもインタビューをしています。

 

高齢者の心理に詳しい名古屋大大学院教授
川合伸幸さん(53)

正義は人の数だけある

 発端となったツイッターの投稿者は「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と言われたお母さんに同情したのであって、高齢男性に反発しているわけではなさそうです。お母さんが感じるかもしれない、総菜を買うことへの罪悪感を減らそうと、この投稿者は目の前でポテトサラダを二つ買ったのでしょう。

 高齢男性を非難しているのはツイッターを読んだ人たちです。「自分で料理もしない男性は働く女性の苦労を知らない」といった考えから批判は高まっていったように思います。

 昔に比べて働く女性は格段に増えました。こうした時代の変化の中で、昔ながらの価値観を持つ人と、新しい考え方をする人との間で、意見の対立が起きたのだとみています。旧来の常識から現代の常識に移行する過渡期に生じたあつれきなのでしょう。

 高齢男性も、高齢男性を批判する人たちも他人の言動を気にしすぎだと思います。コロナ禍での「自粛警察」「県外ナンバー狩り」のように、自身の正義を他人に押しつけるといった心理が働いているようにも感じます。

 高齢男性にとっては「ポテトサラダくらいは自分で作るもの」である一方で、子どもを連れた母親にとっては「子育ても仕事もある中、ポテトサラダは購入した方が早く、なおかつ安い」と考えたのかもしれません。どちらの考えも、それぞれにとっての正義です。そして他人を攻撃するときというのは、自分が正しいと信じているものです。もし、掛けられた言葉に不快な気持ちになりそうになったら、「正義は人の数だけある。あの人の正義は私の正義とは違う」と考えれば、腹は立ちません。

 男性に限らず高齢になれば、行動の抑制が効きにくくなります。抑制をつかさどる脳内の前頭葉の機能が弱くなるためです。認知症とは異なり、みんな一様に現れてくる加齢による変化です。このため、つい頭に浮かんだことを口にしてしまったり、思いついたら行動に移してしまったりすることがあるのです。

 高齢者の暴言、暴力を目にする機会が増えたとも言われていますが、それは単に高齢者が増えたためです。「お年寄りは経験を積んだ立派な人」という色眼鏡で見るため、それに反した言動があると注目してみてしまう、ということもありそうです。

 見知らぬ人同士が交わすコミュニケーションに、人々はもう少し寛容になるべきではないでしょうか。問題を避けるには他人に声を掛けなければいいわけですが、それでは社会がギスギスするばかりです。昔は買い物の途中に客同士が気軽に声を掛け合うこともありました。心温まるやり取りまで失ってはいけないと思います。(聞き手・米沢慎一郎)

かわい・のぶゆき 1966年京都市生まれ。日本学術振興会特別研究員や京大霊長類研究所研究員などを経て現在、名古屋大大学院情報学研究科教授、中部大客員教授。主な著書に「凶暴老人 認知科学が解明する『老い』の正体」など。名古屋市在住。