メニュー

⑤沈黙の教室 隠された事実(いじめっ子「ツヨシ」その1)【私の出会った子どもたち-いじめと向き合ってきた「けん玉先生」の歩み-】

いじめ、不登校、暴力行為など、さまざまな問題を抱える子どもたち。元小学校長の寺西康雄さんは、彼らとけん玉を通して接することで心の扉を開いてきました。長年の教員生活で出会った子どもたちの姿から「いじめを生まない学級・学校づくり」を考えます。事例はプライバシーへの配慮から登場人物を匿名とし、事実関係についても若干の修正が施してあることをお断りしておきます。

はじめに

 私は小学校の教師として、1年生から6年生まで、全部の学年を担任することができた。その中で最も多かったのは4年生であり、2年連続、3年連続ということもあった。
 小学3~4年生の時期には仲間意識が強くなり、友達と閉鎖的な小グループを作り始める。これまでは親や教師といった大人が絶対的な存在だったのが、その依存から抜け出し、仲間の影響で成長していく段階なのである。「ギャングエイジ」と呼ばれることもある。

 私が教師になって10年過ぎたころから、いじめが全国的な社会問題となった。勤務校においても、学級の荒れが問題となり、いじめが背景となっているケースも少なくなかった。とりわけ、3年生のクラスにおいて顕著だった。そのような事情から私が繰り返し4年生を担任することになったのだった。

最初の試練

 ツヨシは4年2組の中では、まさにボスのような存在だった。そのことを私が痛いほど思い知らされることになったのは、担任して1か月後の学級懇談会の席上だった。
 冒頭、私から「本校のいじめの現状」を実態調査の結果に基づいて説明した。その上で、「この学級にも気になる事例は見受けられますが、深刻なものではありません」と言った。
 しばらく沈黙の時間が流れた。やがて保護者の一人が口火を切った。

「先生はケンジくんのケガのことについて何か聞いておられますか?」
ケンジがケガをしたのは、つい先日の休み時間のことだった。子どもたちがあわてた様子で教室に駆け込んできて、「先生、大変です!ケンジくんが頭から血を流して保健室に行きました」と知らせてくれた。
 すぐに駆け付けると養護教諭によって応急手当は終わったところだった。ケンジの頭には包帯を幾重にも巻かれ、数人のクラスメイトが青ざめた顔で立っていた。

 私が「どうしたの?」と問いかけるとケンジは次のように答えた。
「木に登って遊んでいたら落ちて、下にあった石で頭を切りました」
 そばに立っている子どもたちも、口をそろえて同じような説明を繰り返した。私はケンジの母親に電話連絡し、迎えに来てもらった。その際、本人の話や目撃情報をそのまま伝え、病院で診てもらうように頼んだ。幸いケガの程度は軽いものだった。

 そのいきさつを保護者に説明した。私が話し終わると保護者は次のようにおっしゃった。
 「本当は、ある子が棒のようなものを振り回していて、それが頭に当たってケガをしたのだと聞きましたけど、先生はご存知ですか?」
 私は驚きの余り、しばらく言葉が出なかった。やがて、声を絞り出すように 「それは聞いていません。初耳です」と答えるだけであった。別の保護者から次のような発言もあった。
 「その子は、ケガをされたお子さんと周りに一緒にいた子どもたちに『先生に本当のことを言うな。木から落ちたと言え』と命じたそうですよ」
 その発言を契機に堰を切ったようにいじめの事実が何人もの保護者の口をついて出た。ほとんどは前年度のものであった。しかし、今年度になってから発生したものもあった。そのことに私は全く気づいていなかった。

 「保護者の皆さん、誠に申し訳ありません。皆さんの大切なお子さんをお預かりしながらいじめの事実に気づいていなかったことをお詫びいたします。勇気を出して、本音で語ってくださった方々に心より感謝申し上げます。1学期いっぱい、それ以上かかるかもしれません。この学級からいじめをなくすように努力します。そのためにも保護者の皆さんのお力添えをお願いいたします」
 私は心よりお詫びし、深く頭を下げるしかなかった。

 学級懇談会が終り、教室に残った私は、しばらく呆然とし、自責の念に駆られていた。
 帰宅後もケンジのケガの一件が頭から離れなかった。「いじめ実態調査アンケート」として子どもたちに書かせた作文を読み返してみた。繰り返し読んでいるうちに、いじめの事実についてストレートには書かれていないが、それを言外に匂わすような記述が次第に見えてくる。行間から担任に救いを求める悲痛な訴え、うめきが聞こえてくる。
 そう言えば、作文を書き終えたとき、「すっきりした」「嫌なこと書いたら心が軽くなった」といったつぶやきが子どもたちの間から聞こえてきたのが思い出されてきた。どうしてあのとき気づくことができなかったのか。自分の目は節穴だったのだ。

いじめ現場目撃

 翌日の朝のことだった。学級で一番小柄なシンジが教室の片隅でうずくまっていた。肩を震わせて泣いている。クラスメイトは全員見て見ぬふりを決め込み、静まり返っている。シンジのすすり泣きだけが聞こえてくる異様な雰囲気である。
 周囲の子どもたちに理由を聞いた。飼育係のシンジが花瓶の花がしおれていたので処分しようとした。それを見たユウタが「その花は、昨日、Aさんが持ってきたばかりなのに、なんで捨てるのだ。生き物殺し!」と言いがかりをつけ、殴る蹴るしたのだった。

挿絵・金子浩子

 当時の学校では1限の授業が始まる前、職員朝礼が行われるのが常であり、子どもたちは朝自習をしながら担任が来るのを待っていた。後から分かったことであるが、私のクラスでは、朝自習が始まると廊下の角に1人の子どもが立って、職員朝礼を終えて教室に向かう私を見張っていた。私の姿を見かけると教室の仲間に伝える。情報を得た仲間のリーダーはクラス全員を席に着かせ机に向かわせる。そして、何事もなかったかのように担任が教室に来るのを待つ。

 もし、いじめを受けて泣き続けている者がいたら「泣くが止めれ!」と命じ、それでも泣き止まないとみると「泣くが止めんがなら、ぶんなぐるからの!」と脅す。その結果、相手は泣き止み、学級全体が異様な雰囲気に包まれる。この日はシンジが着席せずに泣き続けていたため、初めて現場を目撃できたのだった。

 私は1限の授業を学級指導に切り替え、今朝、何があったのかを詳しく聞くことにした。一部始終を確認したうえでユウタに対して厳しく指導した。だが、私の気持ちは収まらなかった。周りにいた子どもたちを許すことができなかった。すべてを目にし、耳にしながら何もしなかった、何もできなかったクラス全員に激しい憤りを覚えた。情けなく思った。4月当初、「見て見ぬふりをする者は本当の弱虫だ。人間のくずだ」と教えたばかりではなかったか……。「いくじなし!なぜ、見て見ぬふりをするのか!」と一喝した。

 しばらく間をおいてから、前日の学級懇談会で保護者から出された「いじめの事実」について話をした。だが、ケンジのケガの件は、あえて触れなかった。そして、「いじめ実態調査アンケート」として書かせた作文を子どもたちにいったん返し、本当のことをありのままに、正直に書くように指示した。
 しかし、書き始める子どもは誰一人いない。鉛筆を手にしたまま身じろぎもしない。教室全体が重々しい空気に包まれ、静まり返っている。

◆寺西 康雄(てらにし・やすお)◆

 富山県内の小・中学校と教育機関に38年間勤務し、カウンセリング指導員、富山県総合教育センター教育相談部長、小学校長等を歴任。定年退職後、富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センターに客員教授として10年間勤務し、内地留学生(小・中・高校教員)のカウンセリング研修を担当。併行して、8年間、小・中学校のスクールカウンセラーを務める。

 現在は富山大人間発達科学研究実践総合センター研究協力員。趣味・特技はけん玉(日本けん玉協会富山支部長、けん玉道3段、指導員ライセンスを所持)。