メニュー

柔道日本代表の向翔一郎さんの父に聞く【我が家の子育て 東京五輪スペシャル編】

東京五輪・パラリンピックは延期されましたが、アスリートの熱い思いは変わりません。このコーナーでは、日本代表選手のご両親に、子育ての思い出やアドバイスをお聞きしています。今回は、柔道日本代表の向翔一郎さんの父・吉嗣さんです。

柔道日本代表の向翔一郎さんの父・吉嗣さんにインタビュー

ー翔一郎さんはどんな子どもだった?

 小さいころは気持ちの弱い子でした。柔道は年長から始めましたが、以前に、遊んでいてお友達を脱臼させてしまったことがあったので「相手にけがをさせたらどうしよう」とばかり考えていたようです。逆に、3歳上の姉は翔一郎とは正反対で気が強く、柔道も強かったので、私も厳しく指導しました。翔一郎は、そんな姉の様子をよく見ていて要領がよく、教えなくてもすぐにできることが多かったですね。

 運動神経がとてもよく、技の飲み込みも早くて、姉に30~40回教えてもできないことを翔一郎は1回でやってのけました。自転車は補助輪なしで一発で乗れ、夫婦で驚いたものです。

ー子育てで大切にしていたことは?

 小さい時は「まず食べろ」とよく言っていました。食べる子は体も動き、頭もよく回ります。声も出て、気持ちも前に出るのです。翔一郎はもともとあまり食べず、小学生のころ、姉と3人で牛丼屋へ行って「並」を6個注文し、誰が早く食べ終わるか競ったりしました。翔一郎に「もう終わり?」と聞いて、無理やり食べさせたこともありました。高校時代は強くなるため、朝昼晩、鶏のササミのボイルとブロッコリーを持たせました。食べて大きく、強くなりました。
 

柔道の世界ジュニア選手権で団体優勝した向選手(当時、日大1年)とご両親=2014年10月、米フォートローダーデール


 柔道を始めたころは、強い子と対戦して負けると、すぐにメソメソして、気持ちで負けていました。「もう1回行ってこい」と練習させると、10回に1回ぐらいは勝てるようになりました。その時に「やればできるじゃないか」「あきらめずに努力してよかったな」とタイミングよく声をかけ、自信がつくようにしていました。

ー子育て中のママ・パパにひとこと。

 何事も自分で考えるようにさせてほしいです。親は手も貸さないし、口も出さない。まず自分の考えや思っていることを言わせ、間違ってもいいからやらせてみる。失敗したり、足りないものがあったりした場合に親が教える。そうしないと自分で考える力が育ちません。今の子は自信がなく、しゃきっとした子が少ないように感じます。

 スポーツで言えば、一つの競技にこだわる必要はありません。実は翔一郎に柔道をさせるつもりはありませんでした。柔道以外にも、硬球でキャッチボールをしたり、サッカーボールを蹴ったりと幅広くスポーツに親しみ、スキーも上達が早かったです。本人は高校で柔道はやめ、大学ではアメフトをやりたいと言っていました。実際に、アメフトのボールを80m以上遠投していました。さまざまなスポーツを経験した結果、肩や脚の筋肉がつき、今は得意の背負い投げに生きているのかもしれません。

3歳上の姉、奈都美さん(左)と=2017年、上市武道館2

ー東京五輪の行方が気になります。

 新型コロナウイルスの影響で延期されましたが、来年もどうなるか分かりません。皆さんに応援をいただき、話題になればなるほど、親としては冷静でいなければという気持ちもあり、まだ実感がありません。翔一郎には、五輪の舞台で、目標に向かって頑張ってほしいと思います。


【プロフィル】
向翔一郎(むかい・しょういちろう)
1996年高岡市生まれ。立山町雄山中、高岡第一高を経て、日本大に進学。4年時の2017年に全日本選抜体重別選手権と講道館杯全日本体重別選手権で初優勝した。18年にALSOKに入り、世界選手権男女混合団体で日本の2連覇に貢献。20年2月、東京五輪の男子90㌔級代表に選ばれた。得意技は背負い投げ。身長178㌢、24歳。